きっかけとしての痛み
痛みがきっかけになることはある。
普段は見ないようしているかもしれないけれど、世の中いろいろな痛みが散らばってる。
痛みに気づけたのなら、それはきっと何かのスタートだ。
ひとしきり眉をしかめて泣き叫んだら、閉じたまぶたをもう一度開いてみる。
最初は我慢して、途中から意地でも、傷口を見つめてみる。
いきなり大きな傷に気づいてしまったら、それはそのとき。
小さくても一緒。
自分にとって、それが本気で治したいものだったのなら、治すために全力を尽くせばいい。
自分ひとりでは無理そうだったら、救援を募ればいい。
ほとんどの場合、ひとりじゃ難しいのだろうな。